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札幌地方裁判所 昭和43年(モ)1239号 判決 1968年11月19日

債権者 小六喜久雄

右訴訟代理人弁護士 森越博史

債務者 岡田千代

右訴訟代理人弁護士 杉之原舜一

主文

当庁昭和四三年(ヨ)第二八二号仮処分事件につき、当裁判所が昭和四三年五月一四日にした別紙主文目録記載の仮処分決定のうち「二、債務者は右建物の改築ないし修繕工事を中止し、自己または第三者をして続行してはならない。」とある部分を「二、執行官は債務者に対し、右建物の使用を許し、かつ現に着手している修繕工事の続行を許さなければならない。」と変更し、その余の部分を認可する。

債務者その余の申立を棄却する。

訴訟費用は二分しその一を債権者の、その余を債務者の各負担とする。

この判決は第一項にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一、申立

一、債権者の申立

(一)  主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。

(二)  債務者の申立を棄却する。

(三)  訴訟費用は債務者の負担とする。

との判決を求める。

二、債務者の申立

(一)  主文第一項掲記の仮処分決定を取消す。

(二)  債権者の本件仮処分申請を却下する。

(三)  (右の申立が認められない場合は)債務者において保証をたてることを条件として、主文第一項掲記の仮処分決定を取り消す。

(四)  訴訟費用は債権者の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二、被保全権利についての主張

一、債権者の主張

(一)  (発生の原因)

1、債権者は昭和三四年一二月一七日債務者に対し、債権者所有にかかる別紙物件目録(一)記載の土地(以下本件土地という)を普通建物所有を目的とし期間二〇年の定めで賃貸し、債務者は同土地上に同目録(二)記載の建物(以下本件建物という)を所有している。

2、右賃貸借契約においては、貸主たる債権者と借主たる債務者との間に「借主が地上建物に対し増改築、大修繕工事を行う場合にはあらかじめ貸主に対し仕様設計書を提示しその承諾を得たうえ工事に着手すべきこと、もし右約束に違反した場合には貸主はただちに賃貸借契約を解除しうべきこと」の工事制限特約がなされていた。

3、しかるところ、債務者は右特約に違反して昭和四三年五月四日訴外森口組と共同し、債権者に無断で本件建物につき左記の内容の大修繕および改築の工事(以下本件工事という)に着手し、本件仮処分申請当時その工事は着々進行中であった。

イ、一階部分の土台、土台石、床板の全部取替

ロ、一階南側部分の外部壁および柱のうち土台に近接した部分の取替

ハ、一階南側部分の内部壁、内部柱の大部分を取替えて、一階部分全体を事務所に変更するための改造

ニ、二階部分の大修繕ないし改築

4、本件工事着工の直後である同月四日と五日の二回にわたり、債権者は債務者に対し、右工事の即時中止方を申入れたがその申入れは無視されてその後も右工事が続行された。

5、債務者のした本件工事の続行々為は前記工事制限特約に違反し、かつ債権者に対するいちぢるしい不信行為である。そこで債権者は同月一五日債務者に対し、内容証明郵便により本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をし、その郵便はそのころ債務者に到達した。したがって、右賃貸借契約は右解除により終了した。

6、よって、債権者は債務者に対し、本件土地の所有権および右賃貸借契約解除にもとづき本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを請求する権利ならびに前記工事制限特約にもとづき本件工事の差止を請求する権利がある。

(二)  (債務者の反論に対する答弁)

1、債務者の主張(二)の1の事実を争う。本件特約は、建物保存に通常必要な修繕工事までも禁止する内容のものではない。

2、同2の事実を否認する。仮に訴外石川が本件工事を施行したのだとしても、債務者は右工事の内容を承知したうえで訴外石川にこれを許容したのであるから、自己がこれを行った場合と同様の責任を負うべきである。

3、同3の事実について、本件建物の保存に通常必要な修繕工事が、本件特約の対象に含まれていないことは認める。その余の事実は否認する。本件工事は改築ならびに大修繕工事である。

二、債務者の主張

(一)  (債権者の主張に対する答弁)

1、債権者の主張(一)の1の事実を認める。

2、同2の事実は、対象工事の内容の点を除き、債権者主張のごとき工事制限特約がなされていたことを認める。右特約の対象となる工事内容は「借主が自己の都合によって行う工事一般」と定められていたものである。

3、同3の事実について、債権者主張のころ本件建物につき工事がほどこされ、その工事が進行中であったことを認める。その余の事実は否認する。本件工事は訴外石川雅康が行ったものであり、その工事内容は左記のとおりである。

イ、一階部分のコンクリートのとりはらいおよびその下の床板全部の取替

ロ、一階内部の天井板および板壁の張替

ハ、一階の腐蝕した土台および柱の取替、根継ぎならびにこれに必要な外部壁の下部の除去補修

ニ、二階部分の壁紙の張替および畳の表替

4、同4の事実を否認する。

5、同5の事実中、債権者主張のころその主張の解除の意思表示が債務者に到達したことを認める。その余は争う。

6、同6の主張を争う。

(二)  (債務者の反論)

1、前記工事制限特約は無効である。すなわち、右特約は本件建物の保存のために必要な最少限度の修繕工事を含む一切の工事を制限し、その制限違背を理由に解除できるという内容のものであり、かように建物の保存に必要な最少限度の修繕工事までも禁止することを内容とする特約は、建物所有を目的とする借地契約の趣旨に反し、信義則に反する特約であるから全部無効である。よって、右特約の有効を前提とする債権者主張の被保全権利はいまだ発生していない。

2、仮にしからずとしても、本件工事は右特約の対象たる制限工事にあたらない。すなわち、右特約の対象たる工事の内容は「借主たる債務者の都合による工事」と定められており、右にいう「債務者の都合」とはもっぱら債務者自身のたんなる主観的事由を意味すると解すべきところ、本件工事は本件建物の借主たる訴外石川雅康が、当時腐蝕していた部分を補修し、同人の事務所として使用するために行った工事であって、むしろ訴外石川の都合によって行われた工事というべく、債務者の都合による工事ではない。したがって、本件工事は右特約の対象となる制限工事に該当しない。よって、本件工事が右特約に該当することを前提とする債権者主張の被保全権利はいまだ発生していない。

3、さらに、本件工事は本件建物の保存に必要最少限度の修繕工事である。すなわち、本件建物はもと訴外網木直造が生花販売の店舗として使用していたものであるが、同人がその営業上の必要から従前存在した床板の上に厚さ約五糎のコンクリートを流してコンクリート床に変えたことからだんだんと床板等の腐蝕が進み、昭和四三年四月末日当時、床がくぼみ歩くとぶよぶよするほど破損する箇所が生じ、床下の土台ならびにそれに接する柱の下部も腐蝕するにいたっており、本件建物を保存するためには右の箇所を修繕する必要があった。本件工事は右保存の必要からなされた修繕工事である。しかして、右のごとき保存のための修繕工事は前記特約による制限工事の対象に含まれていないと解すべきである。よって、本件工事が右特約による制限対象に含まれていることを前提とする債権者主張の被保全権利はいまだ発生していない。

第三、保全の必要性についての主張

一、債権者の主張

債権者は債務者に対し、第二・(一)・6記載の請求権にもとづき、本件建物収去土地明渡請求ならびに本件工事続行禁止請求の本案訴訟を提起し、右訴訟は係属中であるが、債務者は本件工事を続行し、またはその占有を他に移転するおそれがあり、かくては前記請求権のうち土地明渡請求権についてはその実行がいちぢるしく困難となり、また、差止請求権についてはその実行が不能となる。したがって右請求権を保全するためには別紙主文目録記載のごとき仮処分をする必要がある。

二、債務者の主張

債権者の右主張を争う。ことに、前記のごとき内容の本件工事が続行したからといって本件建物収去土地明渡請求権の実行が困難になるということはないのであるから、少なくとも、右請求権保全のためには本件工事の続行を禁止する必要は全くない。また右請求権保全のために債務者の使用を禁止するまでの必要性もない。

第四、特別事情にかんする主張

一、債務者の主張

本件工事は半ば以上進行し、あとわずか二日間位の作業で完成する段階において、本件仮処分によりその続行が禁止されたのであり、右仮処分をうけたことにより、債務者は本件建物を使用収益することができない(現に、本件建物の借主である訴外石川から一ヶ月三万円の家賃さえ取得できない)ばかりでなく、本件工事が右のごとく未完成の段階で止められたままになっているので、このままでは風雨等にさらされることにより、せっかく進行した工事部分も腐蝕を早められ、さらに本件建物の内部をはなはだしく破損するおそれが多分にある。かように本件仮処分の存続によって債務者は異常な損害をこうむる。他方債権者主張の被保全権利は金銭的補償によって十分償うことが可能である。以上のごとき特別な事情があるので、本件仮処分は、民事訴訟法七五九条により、債務者の立保証を条件として取消さるべきものである。

二、債権者の主張

債務者の右主張を争う。仮りに、本件仮処分により債務者がその主張のごとき使用収益ができなくなったとしても、それはこの種事案の性質ならびにその損害の数額からいって、当然に甘受すべき通常の損害というべきである。また、本件工事の程度からいって、その工事を現状のまま中止しておいても、風雨等のために本件建物の内部および外部が損傷するという危険はほとんどない。

第五、証拠関係≪省略≫

理由

第一、被保全権利の存否について

一、(一) 債権者が昭和三四年一二月一七日に債務者に対し、債権者所有の別紙物件目録(一)記載の本件土地を、普通建物所有の目的で賃貸し、債務者が右土地上に同目録(二)記載の本件建物を所有していること。

(二) 右賃貸借契約のさい、債権者と債務者との間において「債務者が本件建物につき一定の工事(その工事内容の点はしばらくおく)を行う場合にはあらかじめ債権者に対し仕様設計書を提出しその承諾を得たうえで工事に着手すべきこととし、もしその約束に反した場合には債権者はただちに賃貸借契約を解除しうる」旨の工事制限特約がなされていたこと。

(三) 昭和四三年五月初旬ごろ本件建物につき土台、床板の取替を含む本件工事(その工事内容の点はしばらくおく)が施行されつつあったこと。

(四) 債権者が債務者に対し、同月一五日ごろ債務者に到達した内容証明郵便により、債務者が右特約に違反したことなどを理由として本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたこと。

以上の事実は当事者間に争いがない。

二、そして、≪証拠省略≫を綜合すると、本件工事がなされたいきさつおよびその工事内容について、次の事実を認めることができる。

(一)  本件建物は、昭和三八年二月末訴外網木直造が債務者から借受け、同四一年秋ごろ一階南側店舗部分の床板の上に厚さ約五糎のコンクリートを敷き、同所において生花の販売を行っていたものであるが、その営業柄、床面に毎日水を流していたことから、右店舗部分の床板、柱、土台の一部につき腐蝕がすすみ、網木が本件建物から立退いた昭和四三年四月末日当時には、右の床の南側の一部分が金庫などの重量に耐えないおそれのある状況となっていた。

(二)  右網木の立退後同年五月はじめ、訴外石川利安がその経営する土建業の事務所ならびに従業員宿舎に使用する目的で本件建物を債務者から賃借するとともに、本件建物の補修改造を企て、債務者に対しその工事承諾方を申入れ、債務者はその申入を承諾して訴外石川に対し右工事の施行を許し、ここにおいて、訴外石川の手で本件工事が着手進行されるにいたった。

(三)  右石川が行った本件工事の内容はほぼつぎのとおりである。

イ、一階部分全体の床板をとりはずし、新しい床板に取替えること。

ロ、一階外まわりの土台のうち南側全部、東側および西側の一部、内部の土台および大曳のほとんど全部を新しい材料のものに取替えること。

ハ、外まわりの柱のうち南側全部、東側および西側の一部につき土台から約二〇ないし四〇糎の部分を切りとり新しい材料で根継ぎし、内側の柱について一部取除き一部を新しい材料の柱にとりかえること。

ニ、右土台およびの柱取替に必要な箇所の壁を土台部分から約五〇糎にわたりとりこわし塗り変えること。

ホ、従前の自然石の束石のほとんど全部を取り除き、新しくコンクリート製の束石にとりかえること。

ヘ、一階天井部分を張替え、張りを一部補強すること。

ト、一階内部壁を補修すること。

チ、二階部分内部の壁紙を張替えること。

(四)  債務者は本件工事を許諾するにあたり、訴外石川に対して、債権者と債務者との間に締結されている工事制限特約の条項を示し、右特約条項に違反しない限度で工事をすべき旨の指示を与えたのみで、その工事の具体的内容については訴外石川の判断に委せ、なんらの指示をしなかった。そして、債権者に対しては、債権者から工事差止の請求があるまで本件工事にかんしてなんらの通知連絡もせず、事前に承諾を得るための措置をとらなかった。なお、本件工事着工後債権者から債務者に対し、数回にわたり工事差止の請求があったが、本件工事は中止されずに続行された。

以上の事実が認められ、この認定を左右するにたる疎明資料はない。

三、そこで、右のごとき本件工事の施行が、債権者と債務者との間の工事制限特約に違反するかどうかにつき判断する。

(一)  この点につき、債務者は、右特約は借地上の建物の保存のために通常必要とされる最少限度の工事までも禁止する内容のものであるから、建物所有を目的とする借地契約の趣旨に反し全部無効であると主張する。しかし、債権者および債務者の各本人尋問の結果に弁論の全趣旨をあわせると、右特約は、建物保存のために通常必要とされる最少限度の保存工事のごときものまでを制限するものではなく、右のごとき工事は制限しない趣旨であったことが認められる。したがって、この点にかんする債務者の右主張は採用することができない。

(二)  ところで、右特約によって制限される工事の内容範囲がいかなるものであるかについては、いまだ必ずしも明確でない点もあるが、≪証拠省略≫を綜合すると、少なくとも、借地上の建物の土台、柱等その構造耐力上主要な構造部分の大巾な取替を含む大修繕工事のごときは、右特約による制限の対象に含まれているものと一応認められる。しかるところ、本件工事の内容は、前記二の(三)において認定したとおり、本件建物の束石、土台のほとんど全部ならびに柱の一部を新しい材料のものに取替えるなど本件建物の主要構造部分について大巾な取替補修をするほか、床面、天井、壁なども大巾に取替補修するというものであって、これは大修繕工事というべきであるから、前記制限特約の対象となる工事の内容に含まれるものであると一応認めるのが相当である。

(三)  債務者は、本件工事は本件建物の保存のために必要な最少限度の工事であるから、右特約による制限工事にあたらないと主張する。たしかに、前記二の(一)において認定したとおり、昭和四三年四月末当時本件建物一階南側部分の一部の土台、柱について腐蝕がみられ床板南側の一部分が重量物の荷重に耐えないおそれのある状況にあったのであるから、本件建物の保存のために当時少なくとも右部分の腐蝕を防止し床板に補強をほどこすなどなんらかの工事を行う必要があったことはあきらかである。しかし、右保存のために前記認定のごとき大巾な修繕工事が必要であったことを首肯させるに足る疎明資料がなく、かえって、前記二の冒頭に掲示した各疎明資料を綜合すると、訴外石川は自己が土木建築業者で容易に工事を施行しうる立場にあったことから、自己の使用上の便宜のために、前記腐蝕箇所の補修に便乗し、建物保存のために通常必要とされる修繕の限度をこえて前記認定のごとき大巾な修繕改良工事を企画施行するにいたったことがうかがわれる。したがって、債務者の前記主張は採用しがたい。

(四)  また、債務者は、本件工事は債務者の都合によって行われたものではなくむしろ訴外石川の都合によって同人が行った工事であるから、前記特約による制限工事に該当しない旨主張する。しかして、右(三)において認定した事実に債務者本人尋問の結果をあわせると、本件工事は訴外石川が自己の使用上の便宜の都合から、債務者の当初の予想をうわまわる範囲において行ったものであることがうかがわれる。しかし、たとえそうであったとしても、前記二の(四)に認定したとおり債務者は訴外石川に対し、その具体的な修繕箇所および工事の内容についての指示をせずその点についての判断を同人にまかせたまま本件建物の修繕工事を包括的に許諾したのであり、しかも本件工事の内容が訴外石川の都合にかなうのみならずそのまま債務者の利益にもなるものであることを考えると、少なくとも債権者に対する関係においては、債務者自らがその都合によってこれを行った場合と同一の評価を与えてしかるべきものと思料される。されば、債務者の前記主張もまた採用することができない。

(五)  以上のとおりであって、本件工事は、一応前記特約に定める制限工事に該当するものと解すべきところ、債務者が債権者に対し、右工事につき事前にその承諾を得るための措置をしなかったこと前記二の(四)に認定したとおりであるから、債務者は債権者との間の前記特約に違反したことになる。

四、よって、右特約にもとづいて債権者のした前記解除は一応有効であり、右解除によって債権者と債務者との間の本件土地の賃貸借契約は終了したことになる。したがって、債権者は本件土地の所有権にもとづき、または右解除にともなう原状回復請求権にもとづき、債務者に対し本件建物を収去して本件土地を明渡すべき旨の請求権を有することになる。

五、債権者はさらに、前記特約にもとづき債務者に対し本件工事の差止請求権を有すると主張する。しかし、前記特約の条項は、その違反があった場合には債権者において本件土地の賃貸借契約を解除しうる旨を定めたにとどまるものであって、右制限違反があった場合に債権者に対し右解除権のほかに、さらに制限違反の工事を直接差止める権利まで付与した趣旨のものであるか否か不明である。されば、右特約自体にもとづき本件工事の差止請求権を取得した旨の債権者の主張は採用できない。

第二、保全の必要性について

債権者が本件仮処分の被保全権利として主張するもののうち、特約にもとづく本件工事差止請求権が認められないこと前述のとおりである。

そこで以下、債権者が債務者に対して有すると認められる本件土地明渡請求権を保全するために別紙主文目録記載のごとき仮処分が必要であるか否かの点について判断する。

事柄の性質上債務者において本件建物の占有を他に移転しまたはその占有名義を変更するおそれのあることが認められるところ、かくては債権者の本件土地明渡請求権の実行がいちぢるしく困難となることあきらかであり、これを防止するために、本件建物を執行官の保管に移し、債務者に対しその占有移転または占有名義の変更を禁止してその旨を公示することが必要かつ相当である。しかし、本件建物につき前記認定のごとき内容の本件工事が仮に続行完成されたとしても、その材料は主に木材で容易に収去できるのであるから、これによって債権者の本件建物収去土地明渡請求権の実行がいちぢるしく困難になるものとはとうてい認められない。したがって、債権者の右請求権を保全するためには、債務者に対して本件工事の続行までも禁止する必要はない。また、債務者に対し従前どおり本件建物を使用収益することを許したとしても、右請求権の実行がいちぢるしく困難になるという事情が認められないから、この段階において債務者の右使用収益を禁止する必要性もない。

第三、結論

一、以上の次第で、本件につき当裁判所がすでにした別紙主文の仮処分決定のうち、債務者に対し、本件建物の使用ならびに本件工事の続行を禁止した部分は相当でないことになる。そこで、右仮処分決定のうち、別紙主文第二項の記載を「執行官は債務者に対し、右建物の使用を許し、かつ現に着手している修繕工事の続行を許さなければならない。」と変更することとし、その余の部分は相当であるからこれを認可することとする。

二、なお、債務者は特別事情の存在を主張して本件仮処分の全部取消を求めているが、その主張の事情は本件仮処分決定の主文第二項を前記のごとく変更することによってすべて解消する事情であり、右変更のほかに、本件仮処分をさらに取消変更しなければならないような事情についての主張立証がない。よって、本件仮処分の全部取消を求める債務者の予備的申立は理由がないのでこれを棄却することとする。

三、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺忠嗣)

<以下省略>

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